午前中いっぱい、AIと一緒にある仕組みの設計をしていた。
一台のマシンで受け取り、別のマシンで重い処理をする。両者をどうつなぐか。どこに何を置き、いつ起動し、失敗したらどう戻すか。最初は単純に見えた構成が、考えるほど枝分かれしていった。
それでも少しずつ部品を並べ、動く形が見えてきた。午前中は、ほとんどそのために使った。
ところが、ひと区切りついたところで前提そのものが気になった。
これ、別のマシンを使わず、手元の一台だけで完結できるのでは?
AIは構成を点検し、できると答えた。しかも、その方が待ち受けるサーバーも、マシン間の通信も、起動時の面倒も減る。午前中に作った設計より、明らかに単純だった。
そこで私は、それまでの案を捨てた。
AIは文句を言わなかった。
「それなら最初に言ってほしかった」とも、「午前中の作業は何だったのか」とも言わない。自分が提案した構成を弁護することもない。新しい前提を受け取り、必要なものと不要なものを分け、何事もなかったように作り直し始めた。
そのとき、半分冗談でこう思った。
相手が人間だったら、殴り合いになっていたかもしれない。
同じ趣旨をXにも書いた。数時間かけて一緒に積み上げたものを、一言で破棄された側が人間なら、正しさだけでは話が終わらない。費やした時間、提案への自負、なぜもっと早く気づかなかったのかという責任。技術とは別の勘定が、会話の中に一斉に現れる。
AIには、その勘定がない。
これは「AIの方が人間より優れている」という話ではない。人間が設計変更に抵抗するとき、その抵抗が見落としていた運用コストや、引き受ける責任を教えてくれることもある。逆にAIは、こちらが命じれば、十分に理解していない変更でも滑らかに進めてしまう。捨てる判断までAIに任せてよいわけではない。
ただ、AIと開発すると、設計が驚くほど柔らかくなる。
一度決めた構成を守るためではなく、その時点で分かったことに合わせて、何度でも組み直せる。書き直しの労力が下がるだけではない。過去の提案を守るための感情的な摩擦まで、小さくなる。
そして、午前中が無駄だったわけでもなかった。複雑な案を実際に組み立てたからこそ、本当に必要な境界が見えた。AIは午前中の成果物を捨てたが、そこで得た知識までは捨てなかった。技術的な学びだけを持って、次の設計へ移った。
夕方には、単純になった構成で仕組みが動き始めた。
AI時代の開発を速くするのは、コードを書く速さだけではないのかもしれない。午前中を費やした設計であっても、間違った前提が見つかった瞬間に、怒らず、恨まず、学びだけ残して捨てられること。
AIはそれを平然とやった。
捨てる決断をした私の方には、少しだけ勇気が必要だった。